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西宮湯川記念賞受賞者(第21回~第30回)

更新日:2018年3月27日

ページ番号:60192491

所属・肩書は受賞当時のものです。

第21回(2006年)肥山(ひやま) 詠美子(えみこ)

贈呈式年月日

2006(平成18)年11月2日

受賞者

肥山 詠美子 氏(奈良女子大学理学部物理科学科 助教授)

肥山氏

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受賞研究

量子少数粒子系の精密計算法の開発とハイパー原子核への応用

受賞理由

 3体以上の少数粒子系の問題を厳密に解く課題はニュートン力学、量子力学を問わず困難だが重要な理論物理学の課題である。実際、できるだけ精密に問題を解くことにより思わぬ発見や予言のできることがしばしばある。肥山詠美子氏は、無限小ガウスローブ法という新しい計算法を提唱し、これまで事実上不可能であった複雑な力の働く場合を含め、量子力学的3体、4体問題を精密に解くための非常に強力で普遍的かつ高速な方法を開発した。
 さらに、肥山氏はこの手法をその存在形態や構造が未解明であったハイパー原子核(ステレンジネスと呼ばれる自由度をもつハイパー粒子が混入した原子核)の問題に適用し、ハイパー粒子混入が原子核構造に与える影響についてその後実験的に検証されることとなる様々の予言を行うとともに、それまで解釈論争に決着のついていなかった実験結果に対して明確な意味づけを与えることに成功した。
 そして、未解明のハイパー粒子の相互作用を実験的に決定するための研究の道筋を開いた。特に、ハイパー粒子が混入すると原子核が縮むという予言と、二つのハイパー粒子を含む原子核が存在することの実験的確立への貢献につながる一連の精密な構造計算は大きな成果である。
 これらの肥山氏の研究は、量子少数系の精密計算に基づいたハイパー原子核の構造およびハイパー粒子の関与する力の解明という原子核物理学の新しい潮流を生み出すと同時に、これからのハイパー原子核構造に関する精密実験にも大きな影響を与えている。

第22回(2007年)諸井(もろい) 健夫(たけお)

贈呈式年月日

2007(平成19)年11月6日

受賞者

諸井 健夫 氏(東北大学大学院理学研究科 准教授)

諸井氏

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受賞研究

グラビディーノの宇宙論的影響の研究

受賞理由

 自然界の4つの基本的相互作用である、重力、電磁気力、強い力と弱い力を統一的に扱う理論として、超対称性をもつ統一理論が最も有望視されている。超対称性があれば素粒子標準模型の特徴的エネルギースケールが統一理論のそれよりはるかに小さいという状態を安定に保ってくれるからである。超対称理論では、通常の素粒子のそれぞれに対して、スピンが1/2だけ異なる粒子がパートナーとして現れることが予言される。
 諸井健夫氏は、重力を媒介する素粒子グラビトン(スピン2)の超対称パートナーであるグラビティーノ(スピン3/2)が他の超対称性粒子よりもはるかに小さな相互作用しかしないことに注目し、その存在によって、宇宙創成の歴史がどう変わるかを研究してきた。 特に、グラビティーノが宇宙の暗黒物質である場合と暗黒物質に崩壊する場合とを共に考察し、暗黒物質密度と原初宇宙の軽元素比の観測値から、宇宙初期のグラビティーノの生成量、すなわちインフレーション後の宇宙の再加熱温度に対して厳しい上限が得られることを明らかにした。
 諸井氏は、90年代初めからこの研究を開始し、以後素粒子理論と観測宇宙論の進展に呼応して、その予言の精密化・一般化を行ってきた。氏の研究結果は、現在では超対称性を持つ全ての素粒子模型が満たすべき条件として受け入れられ、素粒子と宇宙双方の研究に多大な影響を与えている。

第23回(2008年)笹本(ささもと) 智弘(ともひろ)

贈呈式年月日

2008(平成20)年11月5日

受賞者

笹本 智弘 氏(千葉大学大学院理学研究科 准教授)

笹本氏

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受賞研究

非平衡定常系における確率的模型の厳密解

受賞理由

 氷と水は、摂氏ゼロ度を境として、同じ物質が全く違った状態として現れる相転移の典型例である。高速道路を走る車の数や平均速度がわずかに変化しただけで、渋滞が急に起こるような類の相転移も観察される。前者のように物質の流れがない場合(平衡系)の相転移は理論的な理解が進んでいるが、後者のように物質の流れがある場合(非平衡系)の相転移は取り扱いが非常に難しい。
 笹本智弘氏は、一次元空間において多数の粒子が左右に移動しながら進む非対称単純排他過程と呼ばれる模型を解析し、非平衡系の相転移に関して数学的に厳密な結果を得ることに成功した。従来は、粒子が一方向にのみ動ける場合しか解が知られていなかったが、笹本氏は左右両方に動ける場合や二種類の粒子がある場合にも厳密解が求められることを示し、それを基に非平衡系がきわめて多彩な相転移を示すことを明らかにした。これらの結果が、これまでの手法の単なる拡張ではなく「q変形された直交多項式の理論」を適用することにより初めて得られたことは氏の独創性を表すものとして高く評価される。
 二種類の粒子が動く問題においては、粒子の密度を変えると流れが相転移を起こすという従来の予想が、数値計算の限度をはるかに超える精度では正しくないという事実を厳密解を用いて明らかにし、相転移の意味について新たな問題を提起した。さらに、笹本氏は、一次元結晶成長などさまざまな問題に対して氏の方法を適用し、この分野における一つのパラダイムを確立した若手研究者として広範な影響を与え続けている。

第24回(2009年)平野(ひらの) 哲文(てつふみ)

贈呈式年月日

2009(平成21)年11月5日

受賞者

平野 哲文 氏(東京大学大学院理学系研究科 講師)

平野氏

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受賞研究

相対論的流体力学に基づくクォーク・グルーオン・プラズマの研究

受賞理由

 原子核を構成する陽子や中性子、その結合力を媒介する湯川中間子などはハドロンと総称されるが、これらはクォークやその反粒子などの素粒子からできている。量子色力学と呼ばれる素粒子の理論では、荷電粒子の相互作用が光子によって媒介されるように、クォークの相互作用はグルーオンと呼ばれる粒子によって媒介される。クォークやグルーオンが単独で見つからないのは、クォークが3色、グルーオンが8色の色電荷を持ち、全体として白色の状態、即ちハドロンの中に閉じ込められているからだと考えられている。しかし、誕生したばかりの1兆度を超す超高温の初期宇宙では、ハドロンが溶解し、クォークやグルーオンが自由に動き回るプラズマ状態が存在していたと考えられている。
 このプラズマの生成を目指して2000年から始まった相対論的重イオン衝突型加速器RHICを用いた米国ブルックヘブン国立研究所での実験では、約20兆電子ボルトという非常に高いエネルギーで原子核を正面衝突させ、何千という粒子が発生する複雑な現象を観測している。平野哲文氏はこの実験結果と、自らが世界に先駆けて開発した相対論的流体模型の3次元数値シミュレーションによる理論結果を詳細に比較することで、高エネルギー原子核衝突で生成された超高温物質が、粘性が小さくサラサラした「完全流体」のように振舞うことを示した。
 これは従来の予想を覆す結果であり「強結合のクォーク・グルーオン・プラズマ」が生成されていることを示す証拠として、最近の理論および実験研究に大きな影響を与えている。平野氏の理論的研究は、まもなく稼働を始める欧州合同素粒子原子核研究機構CERNの新しい加速器LHCを用いた、より高エネルギーでの原子核衝突実験とも密接に関連し、今後も益々の発展が期待されている。

第25回(2010年)小松(こまつ) 英一郎(えいいちろう)

贈呈式年月日

2010(平成22)年11月4日

受賞者

小松 英一郎 氏(テキサス大学オースティン校天文学科 教授)

小松氏

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受賞研究

宇宙マイクロ波背景輻射を用いた初期宇宙理論の検証

受賞理由

 宇宙マイクロ波背景輻射は、宇宙の大きさが今の千分の一だったころに宇宙が放った光の名残で、我々が見ることのできる最遠の光である。これはあらゆる方向でほとんど一様に摂氏マイナス270度と観測される光で、50年以上にわたって宇宙論研究のマイルストーンであった。この残光の存在は、「進化し続ける宇宙」を示唆し、宇宙に始まりがあることを実証する。さらに、この残光に十万分の一の大きさの微かな皺が刻まれていることを1992年にCOBE衛星が発見した。この皺こそが、宇宙の中で進化してきた我々自身や星・銀河の種なのである。さらに探究を進めるため、2001年に観測装置をラグランジュ点L2に打ち上げ、この残光に刻まれた全天の皺を最高精度で走査し、宇宙の構造と歴史を詳細に紐解く壮大な計画がWMAPであった。
 このWMAPがもたらした膨大なデータの混沌の中から、あらゆる物理学理論を駆使して有用な情報を抽出し、「宇宙の広がりと歴史」を初めて正確に記述したのが小松英一郎氏を中心とするWMAPの理論解析グループである。小松氏の研究グループは、宇宙の歴史がノイズに埋もれた膨大な残光の皺の中に、幾重にも折り重なったさざ波として刻まれていたことを発見し、これを注意深く抽出していった。そして我々が長年にわたって構築してきた宇宙理論モデルが基本的に正しかったことを検証し、それを精密化した。これは、宇宙が何からできているのか、我々をはじめ銀河や星がいつ何処から由来したのかといった基本的な問題の解決に本質的である。さらに宇宙のすべての構造の究極の源である量子揺らぎの詳細を明らかにし、極微から大きな宇宙が作られた宇宙初期の大加速膨張(インフレーション)の謎を解き明かしつつある。人類が数千年来議論し続けてきた宇宙論を、実証的な物理学として成熟させて確立した功績は計り知れない。
 WMAPによる貴重な情報は、次に本質的となる問題「暗黒エネルギーや暗黒物質は何か」「宇宙構造の途方もなく大きな活動性の起源は何か」などに対して、間違いなく決定的な役割を果たすだろう。実際、初期宇宙の研究者、銀河の研究者、素粒子の研究者、暗黒物質の研究者、など宇宙に関わるあらゆる研究者にとって、小松氏らによってもたらされた「宇宙の広がりと歴史」は至宝である。今、WMAPを越えて宇宙のより基本的な研究が爆発的に進みつつある。

第26回(2011年)古澤(ふるさわ) (ちから)

贈呈式年月日

2011(平成23)年11月7日

受賞者

古澤 力 氏(理化学研究所生命システム研究センター チームリーダー)

古澤氏

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受賞研究

カオス力学系モデルによる細胞分化の理論的研究

受賞理由

 生物の発生過程では、1つの受精卵が次々に分裂し、それぞれが異なった機能を持った多様なタイプの細胞へ分化することによって、複雑な生命体としての個体が形成されます。いろいろな機能発現の可能性をもつ発生初期の細胞が、その多能性を失っていく分化過程の解明は、生物発生の基礎的課題であり、また近年、興味をもたれているiPS 細胞のように再生医療にもつながる重要性があります。細胞分化を司る遺伝子やタンパク質等の構成要素は次々に同定されていますが、ネットワークとしての細胞集団全体の動力学の解明は、未解決問題として残されています。
 古澤氏はこの細胞分化の問題に対し、統計物理学と力学系理論の視点から動力学的モデルを構築し、その膨大な数値計算を通して新たな理論を提唱しました。まず、多能性をもつ細胞において多種類の遺伝子が細胞ごとにばらついて発現し、いわゆるカオスとよばれる不規則な振動を伴った時間変化を起こすと、細胞分裂と細胞間相互作用を通して自発的な分化が生じることを示しました。また、一連の細胞分化過程では、細胞間の相互作用によって細胞集団が自律的に制御された安定性を獲得することを示しました。最近では、幹細胞での遺伝子の多様性と時間的振動は実験的にも観測されています。古澤氏は、モデルの構築と数値計算、理論解析の全てにおいて主導的な役割を果たすとともに、実験にも参画し、細胞分化の物理という新しい研究分野の開拓に大きな貢献をしました。

第27回(2012年)福嶋(ふくしま) 健二(けんじ)

贈呈式年月日

2012(平成24)年11月6日

受賞者

福嶋 健二 氏(慶應義塾大学理工学部物理学科 准教授)

福嶋氏

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受賞研究

ハドロン物質からクォーク物質への相転移の理論的研究

受賞理由

 原子核は陽子と中性子から構成されている。陽子や中性子を束縛している力は強い相互作用とよばれ、湯川秀樹博士の理論を基礎に研究が進展してきた。さらに陽子や中性子などのハドロンは、クォークとそれを結び付けるグルーオンという素粒子からできている。クォークはグルーオンが媒介する力によってハドロン中に「閉じ込め」られ、単独で飛び出してくることができない。一方、ハドロンの中にあるクォークに大きな質量を与えるメカニズムは、南部陽一郎博士による「自発的対称性の破れ」である。このように我々の住む通常の世界では、クォークはハドロン中に閉じ込められているとともに、質量を獲得し重くなった状態にある。しかし、原子核を高エネルギーで衝突させる最近の実験結果からは、非常な高温・高密度条件下では、クォークが閉じ込めから解放されて「自由」なクォーク物質の状態をとるとともに、質量を失い軽くなることが判ってきた。このようなクォークのとる異なった状態間の変化(相転移)の研究は、現在の原子核物理学の中心課題になっている。
 福嶋氏は、この相転移現象に関する理論的研究で、独創的なアイディアをいくつも提案して世界をリードする研究を進めてきた。とりわけ南部博士の提唱に基づくクォークの質量生成の機構に、新たに閉じ込めの効果をとり入れたモデルを構築した。そして、この新たなモデルに基づいた解析により、本来全く異なる現象である閉じ込めの相転移と質量生成の相転移が協調して起き得ることを明らかにするとともに、有限温度・密度でのハドロン物質の状態相図を解析する一般的な枠組みを与えることに成功した。この福嶋氏の研究は、宇宙初期や高密度天体中でのハドロン物質が示す多彩な相構造の解明の理解に画期をもたらすものと、高く評価される。

第28回(2013年)高柳(たかやなぎ) (ただし) 氏、(りゅう) 真生(しんせい)

贈呈式年月日

2013(平成25)年11月1日

受賞者

高柳 匡 氏(京都大学基礎物理学研究所 教授/写真上)
笠 真生 氏(イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 准教授/写真下)

高柳氏、笠氏

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受賞研究

ホログラフィック原理を用いた量子もつれの研究

受賞理由

 湯川秀樹による中間子論の提唱に始まった素粒子物理学は、2012年のヒッグス粒子の発見で大きな節目を迎えた。残された課題は、未知の暗黒物質や暗黒エネルギーの解明と重力と物質を統一的に扱う量子理論の構築である。その答えの有力候補の1つである超弦理論は、未だ時空そのものを量子的に扱うことができず、ブラックホールの情報喪失問題や時空の誕生といった難問に答えることはできていない。これらの難問を解く鍵の一つが、時空の背後にひそむ“量子もつれ”と考えられているが、その具体的な記述方法は見つかっていなかった。
 高柳氏と笠氏は、超弦理論で発見されたホログラフィック原理を用いて、この問題に明快かつ一般的な解答を与えた。ホログラフィック原理とは、重力の無い時空中の場の量子論は、1つ次元の高い重力の理論の「影」のようなものだ、という驚くべき仮説である。場の量子論の状態は、その絡み合いの複雑さを表す“量子もつれ量”(エンタングルメント・エントロピー)という物理量をもつ。受賞者たちは、ホログラフィック原理を用いることで、この量子もつれ量が、重力理論での面積という単純な幾何学量と等価だという提案を行った。これにより、表面積で与えられるブラックホールのエントロピーは量子もつれ量と解釈でき、重力理論の本質の一面が明らかになった。逆に、強く結合する物質の量子もつれ量を幾何学的に表現することで、場の量子論の研究にも新しい方向性を与えた。このように、受賞研究は、“量子もつれ”と時空や重力を結びつける研究の先駆けとなり、周辺分野を巻き込みながら世界的に大きな研究の流れを引き起こしたものとして、高く評価される。

第29回(2014年)立川(たちかわ) 裕二(ゆうじ)

贈呈式年月日

2014(平成26)年10月31日

受賞者

立川 裕二 氏(東京大学大学院理学系研究科 准教授)

立川氏

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受賞研究

次元の異なる場の量子論の間に成り立つ対応関係の発見

受賞理由

 素粒子の理論は場の量子論と呼ばれる基礎理論をもとに構築されている。例えば、2012年のヒッグス粒子の発見によって実験的に確かめられた素粒子の標準模型は空間3次元に時間1次元を加えた4次元時空間の場の量子論である。素粒子の標準模型は、素粒子の間に働く4つの力のうち電磁気力・弱い力・強い力を記述することができる。しかし、重力を含む統一理論の構築は非常に困難で、未だに完成していない。
 重力を含む統一理論の候補として提案されたのが超弦理論である。超弦理論とは、素粒子を大きさのない点と考えるのではなく、長さを持ったひものようなものであるとする理論であるが、その全容は未だに明らかでない。超弦理論が理論的に無矛盾であるためには時空の次元が10次元である必要がある。そこで、4次元以外の一般の次元の時空間における理論が活発に研究されるようになり、様々な状況における場の量子論の相互の関係が明らかになってきている。
 この流れの中で立川氏は2010年に共同研究者のAlday氏、Gaiotto氏らとともに行った研究で、一見何の関係もない4次元と2次元の場の量子論でそれぞれ独立に計算された量が一致する事を見いだした。この結果は、物理学者・数学者に大きな驚きを与えた。この発見によって、4次元・2次元の場の量子論の研究者は、それぞれの研究対象をまったく新しい見方で捉えるようになり、大きな進展の契機となった。立川氏らの結果は、その一般化を通して、数理物理学の多くの研究者にとって研究の指針となっているだけでなく、重力の量子論、そして超弦理論の全容解明に手がかりを与えるものとして高く評価される。

第30回(2015年)沙川(さがわ) 貴大(たかひろ)

贈呈式年月日

2015(平成27)年11月23日
※西宮市制90周年 西宮湯川30周年記念事業「西宮と湯川博士と物理学」内で実施。

受賞者

沙川 貴大 氏(東京大学大学院工学系研究科 准教授)

沙川氏

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受賞研究

情報熱力学の構築

受賞理由

 熱が高温物質から低温物質へと自発的にかつ一方的に流れる等、我々が日常経験する多くの物理現象は、ある方向に進むことがあってもその逆に進むことはない。
 物理学ではこの事実は「熱力学第2法則」あるいは「エントロピー増大則」という法則として知られている。この法則に関して、古くから「マクスウェルの悪魔のパラドックス(逆説)」と呼ばれる問題が指摘されていた。これは、粒子の速度を選別し扉を開閉することのできる「悪魔」がいれば、低温物質から高温物質に熱を流すことができ、熱力学第2法則を破ることができるというパラドックスである。このパラドックスの根本原因は、「悪魔」が粒子の持つ速度を選別するという、系の「情報」を利用したフィードバック制御を行っていることにあり、「情報」の有するエントロピーが重要な役割を果たしていることが指摘されていた。しかし、過去の研究は個別の系に対する議論にとどまり、包括的な理論の構築までには至っていなかった。
 沙川貴大氏は、従来の熱力学と情報理論を融合することで「マクスウェルの悪魔のパラドックス」を解決しつつ、定量的な予言もあたえる新しい理論体系を構築した。また、系の状態が変化したときに取り出せる仕事量についてなりたつ一般的関係式である「ジャルジンスキー等式」に「情報」の効果を取り入れた、より一般性の高い関係式を導いた。これらの成果は、熱力学の枠組みの中に「情報」をどのように組みこんだらよいかの指針を示しており、「情報熱力学」という新しい学問体系を切り開くものである。さらに、沙川氏が計画に関与した実験で、コロイド粒子の位置に応じて電場を調節するフィードバック制御を行うことで、情報エントロピーに相当する余分の仕事を取り出せることが検証され、沙川氏の示した一般化ジャルジンスキー方程式が実験的にも確認された。沙川氏の情報熱力学の枠組みは、物理系のみならず生物系へも適用されるなど、今後の大きな広がりも期待される。
 このように、沙川氏の研究は、熱力学の基礎を与えるうえで重要であるだけでなく、非平衡現象一般を理解するうえでも重要な指針を与えるという画期的な研究である。周辺分野への波及効果は非常に大きく、高く評価される。

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